マツモト交商ヒストリー 〜350年のあゆみ〜Vol.12

1968-1970年 本社移転及び会社名変更

マツモト交商事項 松本製薬工業(現マツモトファインケミカル)事項 業界関連事項

1968 [昭和43年]
本社屋取り壊しのため事務所を仮移転
移転先は小伝馬町。この移転に伴い、長い間続いていた昼食の賄いが廃止された。
東京薬業厚生年金基金が創設され、加入する
1969 [昭和44年]
ヘキサネートD製造販売開始(当社にとって初めての化粧品エステル化原料)
1970 [昭和45年]
〈日本万国博覧会(大阪万博)〉
この頃、化粧品の売上が急増。シリーズ化も進み店頭占拠競争も激化(1月)
株式会社マツモト交商に社名変更(11月3日)
マツモト共同ビル完成(11月6日)

1968年 [昭和43年]取り壊される本社前での記念撮影

化粧品業界関連事項

シャンプー市場が拡大
1946年(昭和21)当時のシャンプー市場は1千万円弱。
1967年(昭和42)には115億円とシャンプー受託製造のピークの頃は、約20年間で1150倍に伸びた。この間、シャンプーは粉末から液状になり、ほとんど女性だけだった利用客も男性へと拡大した。松本製薬工業には入出荷のトラックが1日に何台も出入りしていた。
やり繰りのために工場前の道路に停車しているトラックも多く渋滞を引き起こしていたため 入出荷の時間や台数を調整するのに担当の者は苦労した。